四方山超特急

私は大学生。就活に生きる大学生。

愛、おぼえていますか

ずいぶん前の話である。

千葉と北海道の間で細々と続いていた遠距離恋愛は、ちょうど七夕の日に完全に終わりを迎えた。

「皮肉だね。」

電話越しに笑いかけたけど、返事はなかった。

 

始まりは略奪だった。

僕たちは研修を抜け出して、たびたび2人だけの小旅行に繰り出していた。

「彼氏がいようと関係ない。君が本当に好きな人と一緒にいるべきでしょう。」

そんなようなことを言って口説いたが、1年間の交際で顔を合わせたのは実質30日程度だろう。

2週間ほど悩んだ末に、彼女は婚約者に電話で別れを告げた。

近視眼的な正確だったので、本当に本能のままに行動していたのだと思う。

その点では僕より若かった。彼女は”今”しか見ていなかった。

「捨てられるのが怖い。」

最初のころの彼女は度々そう呟いた。

僕は偏執的ともいえる愛情をもって、その不安を取り除こうと躍起になっていた。

 

研修が終わると、僕たちの間には1000キロの距離が開いた。

「会いに行く乗り物が自転車から飛行機に変わっただけだ。」

僕はおどけ、彼女もうなずいた。

月に1回会うのが、とにかく楽しかった。

生まれて初めてその大地を踏んだ北海道だったが、2人だけしかいないような、おとぎ話の世界のような感覚だった。

僕たちは限られた時間で様々な場所を冒険し、思い出を作り、たくさん喧嘩し、それ以上に笑い転げた。

 

会えないときは毎晩電話をしていた。

思い通りにならないときは彼女を困らせるような嫌味を言ってしまったこともある。

彼女はとにかくよく泣いた。

職場の上司が苦手という話だった。

僕は彼女が泣き止むまで電話口で愚痴を聞き続けた。

「心がつらい。仕事も辞めるかもしれない。」

付き合って1年弱が経とうというころ、彼女は思いつめた様子でおんおん泣いている。

「専業主婦やっていいよ。こっちで一緒に暮らそう。」

常々、僕は軽々しく結婚という言葉を口にしていたが、実際に本気だった。

婚約破棄させた負い目は関係なく、本心から結婚したいと思っていた。

ただ、普段なら満面の笑顔でプロポーズに応対する彼女が、

その時から、殊更ひどく泣くようになっていた。

 

最後のデートは夕焼けの海浜公園だった。

海岸沿いの岩場で立ち止まった彼女は、やはり顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

抱きしめるしか能がない僕の腕の中で、彼女の心が思った以上に遠ざかっていることに気づいてしまった。

 

その後の顛末は予想のとおりだ。

1か月弱が経った頃、メールで別れを告げられた僕は、一路北海道に飛んだ。

その晩、僕たちは最後の夜を過ごした。

もはやそこには愛はなかった。

泣く以外に感情の表現方法を失ってしまった彼女の背中をさすりながら、僕はこれからのこと、これまでのことを考えていた。

 

改めてフラれたのはそれからまた1週間後だった。

電話口で話す彼女はまるで憑き物が落ちたかのように、朗らかにしゃべっていた。

僕が惚れた彼女に久しぶりに会ったような気がした。

彼女は、ストレスの原因が他ならぬ僕であったこと、北海道に来られた時は死ぬかと思ったことなど、僕に気遣うことなく明け透けに語った。

「まぁ、楽しかったよ。早く次の彼氏作れよ。」

我ながら精一杯の虚勢は張れたと思う。

 

電話を切ったのは午前3時だったが、

ようやく眠りにつけたのはその7時間後のことであり、

別れたことを認識するにはそれから3か月かかり、

こうして振り返ることができるまで6か月かかった。

 

たとえ彼女が忘れても、僕は忘れない。

たった1年間だけど、その恋愛は大冒険だった。